化学記事
天然物全合成(Total Synthesis)は、自然界に存在する複雑な有機化合物を出発原料から化学的に完全合成する研究分野です。 新反応の開発・触媒技術の進歩・合成計画の革新を促進してきた有機合成化学の中核をなす分野です。
逆合成解析(Retrosynthetic Analysis):
Corey が提唱した逆合成解析では、目標分子(TM: Target Molecule)から出発原料に向かって「切断(Disconnection)」を繰り返し、 合成経路を設計します。キー結合を切断して合成等価体(Synthon)と試薬の対応を考えるアプローチです。
- C–C 結合切断: アルドール、Wittig、クロスカップリングなど
- 官能基変換(FGT): 酸化・還元・保護基操作で前後の工程をつなぐ
- 環構築: Diels–Alder、分子内カップリング、メタセシスで炭素環・複素環を構築
歴史的な全合成の例:
- コレステロール (Woodward, 1951): 初めての複雑な天然物全合成。合成化学の可能性を証明
- ビタミン B₁₂ (Woodward & Eschenmoser, 1972): 100工程超の大型合成。軌道対称性の概念確立に貢献
- タキソール (Holton, Danheiser, Nicolaou ら, 1994): 抗がん薬の全合成で複数グループが競争
- パリトキシン (Kishi, 1994): 115工程、64個の不斉中心を持つ海洋天然物
現代の全合成トレンド:
- C–H 活性化による保護基・活性化工程の省略
- フォトレドックス触媒を用いたラジカル経路の活用
- 不斉触媒で高 ee の不斉中心を一挙構築
- フロー化学による危険試薬・高圧反応の安全な実施